ハワイの皇族

アリイ(Alii): ハワイの支配者

古代ハワイのアリイは、独裁者というよりもマカ・アイナナ(庶民)(maka ainana)に生きることを導いた尊重される指揮者だったと言われています。その支配者とは、大きな業積のために知られ、人々が尊敬し賞賛したという人物および技術を持っていたのです。彼らは勇敢な戦士、賢いリーダー、強い個性と固体化された、社会の祖先からのマナ(力) manaと共に人々への愛を持った人々だったのです。

ハワイ州人を支配するという事は名誉とされていました。それはとても重大で血統の結び付きが義務とされていたからです。アリイの羨望された地位は、代々に家系から次の家系へと受け継がれたものだからでした。アリイは純粋な、血統の混じっていない人々、祖先といわれる神までの家系図が簡単に描ける様な系統だったのです。しかし、そんな支配者でもアリイの血は十分でないとし、支配下に対しても敬意を見せなくてはいけないとしました。支配者としての仕事は責任が高く、義務を遂行しなかった人は恥、当惑、そして相続権の破棄までに直面する事もあったのです。 支配者と呼ばれる人々は、生まれた当時から隔離され、支配者としての準備で訓練されていたのです。

ハワイの支配者はアクア(akua)か神、そして人と考慮される重要な“仲介人”とされていました。古代ハワイ州人はアイカプ(aikapu)宗教のシステムに続き、これは日常生活を形づけていました。アイカプのシステムとは、男性と女性が神聖な形で区別されていて、その一つとして女性は他の人々とは離れて食事をしなくてはいけないとの要求でした。それはアリイの神と伝達し合いなだめる正式な慣例を設ける譲与でした。支配者達は、公正を守りカプス(kapus) (宗教制限)を密接に守れば、神は肥沃な土地と海を通して健康および繁栄とをささげてくれるということを信じていたのです。

支配者の階級は系統によって権限が多く分かれていました。多くの場合、最高官のランキングは彼のアフウラ(ahuula) (羽がつけられたマント)、カヒリ(kahili) (羽)、またはマヒオレ(mahiole) (羽をつけられたヘルメット)の色とパターンによって分かれていました。アリイヌイ(alii nui)と呼ばれる支配者は、最高官としの位置を保ち、下の者達に必要に応じての指導を行っていたのです。他に、庶民の農業、漁業、その他の仕事の助けをしていた支配者、ハワイの庶民達を管理していた支配者等も存在していたのです。

西部の宣教師の到着の以前までは、古代ハワイ州人には文字がありませんでした。従って、重要な歴史的出来事は古代の王と関連付けたり、オリ(詠唱) (oli)とメレ(歌)( mele) の物語などで語り伝えられました。勇気や同情、リーダーシップ等の物語は聞く人すべてを促し続けると言います。ハワイの歴史的なヒーローの情報は、本で見つけることは出来ますが、地元のクプナ(祖先)(kupuna)を探して古い物語を聞きながら過ごしてみると楽しいでしょう。

カメヘハメハ(Kamehameha)王朝は1700年代後期から1800年代後期のほぼ一世紀の間、カラクア(Kalakaua)王朝は1874年から1894年の間を支配していました。アリイは、リリウオカラニ女王がハワイの規則から強制除外されハワイの君主制が打ち倒されるまで支配し続けました。

カメヘハメハ王朝

  • カメヘハメハ大王、またはカメヘハメハIは、1795年-1819年の間に島を統一した事で知られています。
  • カメヘハメハIIは1819年-1824年の間カアフマヌ女王とともに、支配していました。
  • カメヘハメハIII (1825年-1854年)は、ハワイの州のモットーを発言しました。“Ua mau ke ea o ka aina i ka pono”その意味は: 土地の生命は正義で永続するです。
  • カメヘハメハIV (1854年-1863年)は、ハワイに監督制の宗教を取り入れる事を手掛けた人です。彼の妻エマ女王は資金を出し、病気および貧しいハワイ州人を助ける為のクイーンズ病院を設立しました。
  • カメヘハメハV (1863年-1872年)は、ハワイの伝統、相続財産を維持することに有望な役割を果たしました。
  • ルナリロ(Lunalilo)王は早すぎる死で、1873年-1874年までの短い統治の王でした。

カラカウア(Kalakaua)王朝

  • カラカウア王は1874年-1891年にハワイを支配し、ルネサンス的教養人として知られていました。1882年には、現在米国にある唯一の王宮と言われるイオラニパレス(宮殿)(Iolani)を造りました。
  • リリウオカラニ(Liliuokalani)女王は、カラカウア王の兄弟で、1891年から3年間の支配が続きましたが、1894年に彼女の王位を放棄させられました。彼女はハワイを支配する唯一の女性の高貴な支配者でした。

主な建物

  • アイナハウ(Ainahau)、女王のビクトリア(カイウラニ)(Kaiulani)(オアフ)
  • アリイオラニ(Aliiolani Hale)はカメヘハメハV の為の宮殿であったが、後、政府の建物に変えられました。(オアフ)
  • ハナイアカマラマ(Hanaiakamalama)エマ女王の夏の離宮。(オアフ)
  • フリヘエ宮殿(Hulihee Palace)ルース王女の宮殿。(Hawaii)
  • ケオウア宮殿(Keoua Hale)ルース王女の宮殿
  • イオラニ宮殿(Iolani Palace)カラカウア王朝の宮殿 。(オアフ)
  • カテドラル(Cathedral Church Saint Andrew)聖者アンドリューカテドラル教会(オアフ)
  • カワイアハオ教会(Kawaiahao Church)ハワイの王朝と王室の為の礼拝堂。 (オアフ)
  • ロイヤル・マウソレウム(Royal Mausoleum)カメハメハ王朝と、カァクア王朝の為の墓。(オアフ)
  • ワシントンプレイス(Washington Place)リリウオカラニ女王が住んでいた場所。現在のハワイ知事の家。(オアフ)

そして、最後にハワイのアリイと言えば、品質のあるリーダーシップ、判断力、彼らの存在を限りなく現在に残し続けていることです。カメハメハのひ孫にあたるベニス・パウアヒ(Bernice Pauahi)司教王女の寄付によって建てられたカメハメハ学校は、恵まれた教育システムとされカメハメハの存在として未だ人々に知られています。また、クイーン病院は島の最も大きい医療機関、研究、処置の努力のために作られ世界的に有名です。リリウオカラニの存在としては、オアフの北の海岸にあるクイーンリリオカニチルドレンセンダー(The Queen Liliuokalani Center)が知られ、アロハオエを含む女王が作った多くの愛おしい歌は今でも有名です。

一体何が、ハワイの伝説をつくるのでしょう?カメハメハ王IVは、当時まだ若かった彼の最愛の息子カハク(Kahaku o Hawaii)(ハワイの王子)の死後、1893年に新しい壮大な墓(マウソレウム)の計画を立てたのです。残念ながら、王もその年に亡くなり、彼の妻エマと彼の兄弟カメハメハVが埋葬をする事になりました。

ヌウアヌバリー(Nuuanu Valley)のマウナアラ(Mauna Ala)にあるロイヤル・マウソレウム(The Royal Mausoleum)には何人かの支配人、21人のカメハメハ家系と20人ノカラカウアの家系が永遠に眠っている場所なのです。この場所がアメリカで唯一知られているハワイ王国の旗と米国旗とが一緒に並んでいるところなのです。この神聖な地を是非訪れて、ハワイの民族が永遠に耐えないように願ってあげて下さい。