ハワイあれこれ-ハワイについての興味深い事実そして物語

ここにハワイで耳にする単語や表現を、幾つか紹介します。それは、アルファベット順でのハワイの文化、習慣、伝統です。

アロハ`オレ

ハワイで最もよく知られる歌のアロハ`オレは、リリウオカラニ女王(1838-1917年)によって、書かれたものです。女王は、叙情詩を書き、メロディーはクロアチアからの古いフォークソングに基づいた歌“Sidi Mara Na Kamen Studence”からのものです。その為、クロアチアからの古いフォークソングとアロハ`オレは、驚くほど似ています。さらに、ロイヤル・ハワイアン・バンドのプロイセンのリーダー、ヘンリーベーガーも、“Die Trane”と言う曲を作り、それもまたメロディーが似ているのです。

リリウオカラニ女王が、若いカップルが互いに包含しさよならを言うのを見た時に、彼女は差し迫った気持ちになりこの歌を構成したと言われます。これは、1898年の、ハワイが公式に米国に追加された後に正式に書かれました。今日ではアロハ`オレは、人々がさよならを言うときに、頻繁に歌われまする。

Ha‘aheo e kua ua i na pali
(雨は崖によって流される)
Ke nihi ae la i kanahele
(そして、静かに木の枝を通り)
E uhai ana paha i ka liko
(それは、花の芽を探している様)
Pua ahihi lehua o uka
(アヒヒ・レフアの花は谷にあり)
Aloha ‘oe, aloha ‘oe
(さようなら、さようなら)
E ke onaona noho i ka lipo
(森の中で迷う愛する人よ)
One fond embrace, a ho‘i ae au
(私が去る前に、また会うときまで)

詠唱

詠唱はハワイ文化の必須の部分であります。お祝いの時、祈りの時、精神的な力を感じる時等、詠唱は歴史を通して神への演説や、生命の力の達成を表す方法でした。それは、生命に影響を及ぼすことができる言葉を運び、人生に影響を起こす精神的な力と言われていました。多くの詠唱は、神聖考慮され、世代ごとに伝えられてきました。アリイ、カフナ、司祭等によって歌われる特別な詠唱があります。

詠唱が使われるのには理由があります。それは、人を賞賛する為、人の生命の状況を変える為、発音しまたは嘆く為、愛を宣言する為などです。そして、もし詠唱が不正確に歌われたら、散々な結果を有する事になると信じられていました。極端な場合は、死にいたる事もあると言われていた程です。

詠唱はハワイ語で、“oli”を意味します。それは、通常同伴者なしの一人で、2つか3つのトーンで歌われるのです。詠唱が正しく歌われる時は、空気が歌っている口から出てきます。こうすれば、長い句でも呼吸を支えて歌う事が出来るからです。今日では、詠唱は、卒業、新しい建物の為のお祝い、葬式にと、いろいろな機会に歌われます。

ダ・キネ

ダ・キネ、これは、“ダァ・キネ”と発音され、ハワイのピジン語で頻繁に聞く言葉の一つでしょう。意味を知りたいですよね?実は、特に意味はないのでが、人、状態、動物、浜、歌、または何か他の物を示す事が出来ます。例を挙げてみると、人に“ちょうだい、ダァ・キネ”と言われてハサミを指さされたら、ダァ・キネは、ハサミを意味するのです。

いくつかの英語の辞書には、ダァ・キネは、“それ”や“あれ”と翻訳してあります。しかし、実際のダァ・キネの意味はもう少し幅の広いものと言われています。この言葉の良いところは、ハワイの誰でもが理解している事です。ただ何かを指差して、ダァ・キネと言えば、貴方が何を欲しいのかが誰でも解かります。

方向

ハワイで方向を聞く時は、少し困惑するかもしれません。それは、地元の人が、“ダイヤモンドヘッドを通って、アラモアナを過ぎて、マウダを曲がって・・”や、“エワを2マイル走って、マカイを曲がって・・”等と言うからです。ハワイでは、北、南、東、西を気にしない所で、代わりにマウカ(山か内陸に向かう)か、マカイ(海に向かう)を良く使うのです。もし貴方が、オアフにいて、ダイヤモンドヘッドに言ってと言われたら、ダイヤモンドヘッドへ向かう(ワイキキの西)事であります。エワの意味は、エワビーチへ向かうと言う事です。

ヤモリ

ヤモリは、ハワイでよく見られる動物であります。それは目が大きく、粘着性があるつま先をしている小さいトカゲで、約1から2インチの長さです。人の家に住むのを好み、特に害はありません。もし、トカゲが好きではなくても、あまり脅かさないようにしましょう。

ヤモリのよい事は、彼らは虫をたくさん食べることです。従って、それらを家の中に放っておけば、家の中のゴキブリや昆虫を食べてくれるのです。その上、ヤモリを殺す事は、ハワイでは不運として考慮されています。多くのハワイは、ヤモリは家の神と呼んでいます。

ヘイアウ

ヘイアウとは、古代ハワイの寺院の場所であります。多くのハワイ州人には、それは強国の場所と言われています。その建物は、滑らかな石や小石でカバーされた、平らな地面を囲む強い溶岩の石の壁によって造られました。ヘイアウの中心の壁の中は、人工物を握る祭壇、神託タワー、小さい建物が、組み立てられています。

ヘイアウは、さまざまな目的のために造られました。ヘイアウ・ルアキニは、最高責任者によって組み立てられ、人間のいけにえに使用されました。ヘイアウ・ホーアは、治療の寺院としてプウホヌアはであり、犯罪者が神聖な場所として非難出来る場所でした。

今日では、壊されたヘイアウがハワイ諸島で見つける事が出来ます。もし、尊敬の意を示したいのなら、地元の人がしている様に、食べ物、溶岩をチタニウムの葉で包んだもの等の小さな物を寺院に置いたりすると良いと思います。

カプ

カプとは、ハワイ語で禁止やタブーを意味します。古代時には、カプシステムが日常に定められていたのです。それらは、性別や階級に関しての規則でした。主に、生命と社会の構造についてで、例えば、庶民は責任者の前に立事や、女性が豚、バナナ、あるタイプの魚をの食べることが許されなかったなどです。

当然、カパの乱用は起こっていたのです。罰は厳しく、誤ってカパを破っても死刑になることさえ珍しくはありませんでした。1819年に、カメハメハ王IIが、住民との間の壁を感じた為に、公式にカプのシステムを廃止したのです。

クムリポ

クムリポは、70年代中頃に構成されたハワイの詠唱のタイトルであります。それは、チーフ・カ・リママオが、彼の先祖を暗唱し、神話を語ったものです。クムリポは後に、リリウオカラニ女王によって英語に翻訳され、1897年に出版されました。

2,000のラインの詠唱は、生命の告げや、生き物の生命体、例えば、珊瑚、海洋の様な無脊椎動物 (みみずや貝等) 、昆虫、鳥、ほ乳類が、最終的にどの様に人間の様な複雑な形態に変わったのかと言う事を語っています。

クムリポは、生命の創造の自然主義的な、非宗教の記述を与える事から、歴史家および科学者の観察から興味を引かれ関心を抱かれた様です。それはまた、クムリポの構成後より後に、ダーウィンの発展理論と対応しりもたのです。

メネフネ

メネフネは、伝説によると古くからハワイに住んでいた、いずらな小びとであります。しかし、最初のポリネシア人が島に到着したときに、姿を消してしまった様です。メネフネについては、2つの伝説があると言います。

地元の伝説によると、メネフネはカウアイ島の“メネフネの溝”を含む古代ハワイの意外な構造に責任があると言われています。最初の開拓者が島に着いたときに、メネフネは他へ移動したと言われているにも関わらず、今でもメネフネが島に存在し、人をからかっていると信じている人々もいます。

学者的な目からすると、メネフネのような伝説は、ポリネシアの他のいろいろな島の国家にあった様です。そして、それらの伝説は共通の神話から作られるものであり、地元等人々に繰り返し伝えられると言われています。ハワイの場合には、恐らくハワイの先史時代の時のメネフネと呼ばれた下層階級の人々を表していたのでしょう。

今日では、メネフネという言葉は、タヒチの下層階級の人々を示します。そういうわけで、タヒチの開拓者が下層階級を示すメネフネと言う言葉を、ハワイに持って来たのでしょう。今は、下層階級を示す言葉は、maka’ainanaと変わりました。メネフネという言葉は、小人としての言葉として残っています。学者は、ハワイ諸島に小人は、居住してなかったことを確信しています。

パニオロ

パニオロは、ハワイのカウボーイであります。これは、何だかスペイン語の様な感じですよね; それには、由来があるのです。1832年にハワイに来たスペインメキシコ人のヴァケロスは、島の最初の牛を扱う人でした。彼らは実は、カメハメハ王IIIに、牛を扱う方法を島民に教えて欲しいと依頼された為にやって来たのです。

パニオロは、彼ら自身をエスパニオールと呼んでいましたが、島民は彼らをパニオロと単に呼んでいたのです。

パニオロは、熱心に人々に牛の牧場を管理する方法を教えました。そして島の新しい生活様式に慣れ、新しい島様式のカウボーイは生まれたのです。牛牧場のひき次がれたされた文化、その島の特性とピッタリ合ったのです。

今までのジーンズ、Tシャツ、革のジャケットおよびブーツは、パニオロのウールのポンチョ、バンダナ、レギング、広いソンブレロに変わりました。カーボーイ・ハットには花または貝のレイが飾ってあり、それは元々のヴァケロスの巧妙なスタイルと、ハワイのアロハ精神の併合の証とされています。今日では、ハワイのビックアイランドのパーカー牧場が、世界で最も大きい私有牧場であり、未だにパニオロとの繋がりを見せています。

カキ氷

カキ氷は、熱い夏の日においしい島の御馳走であります。割れた氷の入っているスノーコーンとは違って、カキ氷は氷のブロックをシェイブして作っているので、スノーコーンよりも氷が細かいのです。

この様なカキ氷は、パイナップル、いちご、ココナッツ、レモン、ライチー等のいろいろな種類のシロップがかかっているのです。バニラやチョコレート味もあります。ほどんどのお店では、氷の底にバニラアイスクリームや甘い小豆を入れてくれたりするのです。

その様な氷が、一体いつ頃ハワイに馴染み始めたかは不確かです。但し、日本人の砂糖農園の労働者によって導入されたと言う事は確かです。これらの農園の労働者が、後に農園を離れた時にお店は開かれたのでしょう。

スラック-キー・ギター

これはハワイアン様式のギターであり、調和した音が調整する特定のタイプのギターチューナーからなる“スラックキー”と呼ぶところから来たものです。標準的なギターのチューナーは、それぞれの弦が違った音なのですが、スラックキーは各弦がコードになっているのです。標準的な方法で調整されたギターを指使いなしで弾くと、調和の取れていない音がでます。スラックキーでは、指使いなしでの弦が調和のある音を引き起こすのです。

スラック・キー・ギターはに関しては、ちょっとした話があります。ハワイアンのカーボーイ、パニオロがメキシコから来た頃、彼らはギターを弾こうとしましたが、弦の調整が良く分からなかったのです。そこで、弦を緩めたり、締めたりしてコードを作り、歌手の声に合わせることが出来る様にしたのです。

スラック・キーの最も良く使う調整は、Gか“タロ-パッチ”と言い、弦はDGDGBDに調整されます。また、AはEAEEAEです。そのほかにもたくさんの調整されたコードがあります。つまり、スラック・キーのギターでは、演奏者はメロディに合わせて弦を弾き調整しますが、標準的なギターを演奏する時には、演奏者はコードを弾くか音符を読む事になるのです。スラック・キー・ゴターはまた、音の質が良く豊かと言われます。

ウクレレ

ウクレレはハワイアン・ギターであり、名前の意味は、“跳びはねるノミ”と言います。この4つの弦で繫がれたギターは、標準的なギターに比べ小さく、ほどんどの場合、ヤシの木や花のようなハワイの装飾がされています。

ウクレレは、1870年代にマデイラからポルトガルの移民によって、ハワイ州人に導入されました。ハワイ州人は、この小さいギターが学ぶ事と運ぶ事が容易だったので、直ぐに好感を持ったのです。その後1900年代の初めには、ウクレレはハワイアンの音楽に必須な楽器になったのです。

今日では、ハワイの音楽家はウクレレをたくさん使用しています。また、道端や海岸では、ウクレレを弾いている人達を見る事があるでしょう。ウクレレの音は気持ちを陽気にさせ、とても感動させられます。もし、ウクレレについてもう少し興味があり、歌を聞いてみたいのなら、ポリネシアン・カルチャラル・センターへ足を運んでみるものいいでしょう。特に、ハイアイアンヴィレッジでは、演技や、歌などがウクレレと他のハワイの楽器と共に行われています。

ウクレレをすることを学ぶことは、比較的簡単です。“ウクレレを自分で学ぶ”の本をハワイの本屋で買い、ABCストアーで$20以下の手ごろなウクレレを買ってみてはどうでしょうが?